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「コウ、エビフライとか好きだったよな」そう言ったらコウは驚いたようにこちらを見つめた。
 「どうして僕の好きなものを覚えているんだ?」
 「え? そんなに驚くこと? 好きな人の嗜好って、自然に覚えない?」
 「そういう……ものなのか」
 「そういうものって程じゃないけど。でも覚えておいた方が得じゃん」
 「得?」
 「だって、その人に好かれたいって思っているわけだし。覚えておけば嫌いなモノは避けることが出来るし、好きなものをあげたりしてやったりすれば喜ばれるだろ?」
 オレは当たり前のことを言ったつもりだったが、コウは妙に感心したように頷いた。
 「…なるほど」
 「なるほどって、……コウ。あのさ。じゃあコウは、オレの好きなものって覚えていたりはしないわけ?」
 「えっ?」
 目を軽く開き、コウは少しの間考えて、それからためらいがちに言った。
 
 「…覚えては…いる」
 
 「なっ、そうだろっ。そうだよなっ」
 オレは思わず、ホッと息をつく。
 恋人同士だっていうのに、これで覚えてないなんて言われたら、かーなーりショックだ。
 意識はしていなくても、コウもオレの好きなものは覚えているわけだ。
 ああ、よかったよかった。
 というか、へへへ、なんか結構嬉しいかも。
 
 「で? コウが覚えているオレが好きなものって、何?」
 「えっ?」
 「いいじゃん、聞かせてよ。コウがオレの好き嫌いの何を覚えているのか、ちょっと興味あるな」
 コウは困ったような顔をした。
 「…言うのか?」
 オレは子どもみたいにこっくり大きく頷く。
ついでにワクワクきらきらの瞳で見上げてみた。
 するとコウは何故かオレから視線を逸らし、目を伏せぎみにして、何度かためらった後、やっと小さく呟いた。
 
 「唇で挟んで…先端を舐められるのが好きだ」
 
 「えっ?」
 
 一瞬、意味が解らず、頭真っ白になる。
 次の瞬間、だーっと血液が顔の辺りに集まってきた。
 「…ちょっ…。コウっ、そ、それはっ」
 オレの表情をコウは誤解したらしい。慌てたように次を続けた。
 しかも声が大きい。
 「もちろんそれ一つだけしか覚えていないわけではなくて。他にも覚えていることは色々ある。ええと、喉の奥まで呑み込んだ後、同時に指で…」
 「いいっ! そそそ…それ以上言わなくていいからっ!!」
 
 何の先端を舐めるとか、指でナニをどう触るかとか……っ。
 コ、コウがオレの好きなものを覚えてくれているのは嬉しいんだけどさ。
 で、でも。いきなりそういうことですかーっ!?
 ていうか、この状況って言葉責め? 羞恥プレイ?
 オレ、恋人の口から自分の性癖を赤裸々に聞いちゃうわけ?
 
 ハッと見上げると、コウが所在なさげにオレを見下ろしていた。
 「僕は……また何か拙いことをしたか?」
 「あ〜。ええ〜と。マズイって程じゃないけど。今二人っきりだし。ただまあ…突然でビックリしただけ」
 「……」
 「でもコウがオレの好きなものを、ええと…どんなことでも覚えていてくれるのは嬉しいよ。これはホント」
 「嬉しい…のか」
 「うんうん」
 オレはブンブン首を縦に振る。
 「でもホラ、好きな食べ物とか、趣味の話とか、そういうのを言うかと思っていたからさ」
 「ああ……。そうか。それが普通か」
 コウは恥ずかしそうに少しうつ向いた。
 だがオレはその顔に、一瞬で心を掴まれてしまった。
 
 だ、だってさ。自分の恋人が目の前で恥ずかしそうにうつ向くって、超可愛くないか?
 しかも無意識にエロイ事言っちゃって、それに気付いて恥ずかしくて下向いちゃってるわけだし…。
 そりゃーもう、心だけじゃなくて下半身とかも色々掴まれちゃうよなっ。
 
 「コ…コウっ」
 「……ん? なに?」
 「オレ、今コウが言ったこと、実践して欲しい…かも」
 「えっ?」
 「だってコウ、オレが好きなもので一番よく覚えているのが、いま言った事なんだろ? だったら、実際にどんな風に覚えているのか、知りたいじゃん」
 「……」
 コウは軽く首を傾げたが、やがてスッと笑った。
 そして妙に色っぽい目をしながら口を開いた。
 
 「そうだな…。いま言った他にも、色々な事を覚えているから、実践しようか」
 「おっ…おうっ」
 うわっ……。
 なんかコウ、目で殺す、みたいな超エロイ表情になってますよーっ。
 マジだな。本気なんだな。
 それはなんつーか。
 すげー楽しみなような…。ナニされちゃうのか、こ…怖いような。
 
 
 「じゃあ…えーと。どういうのがオレは好きなんだっけ?」
 言った瞬間、コウの唇がすうっと寄せられる。
 「キスは、最初優しく」
 「ん……」
 「こんな風に舌を絡ませて…」
 「ん…うん」
 甘い唇と息に、オレの頭はクラクラしてきた。
 少しの間、お互いの咥内を舌が探り合う湿った音だけが続く。
 「あ…はあ…」
 唇が離れた瞬間、オレはため息をついてしまった。
 「香澄…どう?」
 「どうって…?」
 「こういうの、好き?」
 「そりゃもう。すげー好き。つ…次は?」
 「…そうだな。2人でシャワー浴びようか」
 うっすらと上気した顔で、コウは形の良い唇を舐めた。
 
 「そこで…実践するよ。唇で挟んで先端を……」
 
 言われた瞬間、オレはコウの手を掴んで、シャワー室に引っ張り込んでしまった。
 ぜひぜひ、よろしくお願いしますっ。
 それ以上は、もう言葉じゃなくて実践でっ。
 
 
 だけどオレ、最初は何でエビフライとか言ったんだっけ?
 回らない頭で、ちょっと考える。
 せっかくの休日だから、コウの好きなものでも食べに行くかとか考えていたような…。
 けどこの流れでベッド以外の所に行くなんて、もう考えられない。
 エビフライに関しては、ベッドでじっくり好き嫌いを確かめた後だよなっ。
 
 それにしても、エビの話から、気がついたらこんな美味しい状況になるなんて。……もしかして「エビで鯛を釣る」ってこんな感じ?
 やっぱり相手の好きなものを覚えておくと、ご利益あるってことだよな。
 これからも、どんどん覚えなくちゃ。
 
 そしてコウにも、ちゃんと覚えてもらわなくちゃな。
 オレが一番好きなものは――コウ自身なんだって事を…。
   END    |